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和食の知られざる世界

第2回 自然の偶然が生んだ和食の原点 後編

水が育む森とタイムカプセル

 

黒潮は、豊かな海だけでなく

豊かな森も育みました。

 

約2500万年前、

ユーラシア大陸の一部だった日本列島は、

大陸から離れはじめ、

約1500年前に現在の位置に落ち着きました。

 

日本列島の移動とともに、

そのまま大陸から移動してきた植物も

そのまま移動してきた動物もいました。

その後、大陸で絶滅した生物の中には

日本で生き残った種類がたくさんいると考えられます。

 

 

大陸では、

100万年前から10万年ごとに繰り返されてきた氷河期で、

多くの落葉広葉樹が絶滅しました。

一方で、日本列島では生き残ったものもあったのです。

それは、黒潮や対馬海流などの暖流が、

西日本の沿岸にあたたかさをもたらしたからと言われています。

 

日本に自生している植物は、約5,500種で

そのうち約2,900種が日本の固有種と言われています。

木の種類が多ければ、動物の種類も増えますよね。

動物の固有種も世界トップクラスです。

日本の固有種は、まさに生命のタイムカプセル。

日本の生物多様性の種(たね)にもなったのですね。

 

日本は、生命を育む水資源も豊富です。

日本の年間降水量は、世界平均の約2倍で世界第4位 !

日本の国土の68%が森におおわれているのは、

豊富な降水量のお陰です。

 

 

日本の降水量が豊富なのは、

黒潮と風とヒマラヤ山脈と

日本列島の中央を走る山脈や山地のお陰です。

 

西から東に向かって吹く偏西風が、

ヒマラヤ山脈やチベット高原にぶつかり、

インド洋の水蒸気を日本に運びます。

もし、ヒマラヤ山脈やチベット高原がなかったら、

梅雨に降る降水量は半減するともいわれています。

 

太平洋の水蒸気も日本にたくさんの雨を降らせます。

 

冬には、シベリアから吹いてくる冷たく乾燥した北風が、

対馬海流のあたたかい海水からの水蒸気を得て

大量の雲をつくり、

奥羽山脈や北アルプスなどの列島の山にぶつかり、

日本海側に大量の雪を降らせます。

その雪解け水は水源になります。

 

 

このように日本は水資源が豊富で、

湿潤な場所が点在していたため、

氷河期でも生き物が生き残れた場所が、

全国各地にもあったと言われています。

 

日本の生物が豊富なのは、過去から現在にかけて

自然の偶然が、

生命に必要な水を豊富に

もたらし続けてくれていたからなのですね。

日本の地形と水が生んだダシ文化

 

山国である日本の河川の多くは急流で、

まわりの地面のミネラルをあまり溶かすことなく、

海に注ぎ込んでいます。

そのため、硬度の低い軟水の地域が多くなっています。

 

 

硬度(こうど)とは、水にふくまれるカルシウムやマグネシウムなどの量を、

炭酸カルシウムの量にかんさんして数値で表したもの。

硬度(こうど)が低い水は、あっさりとしてクセがなく、

硬度(こうど)が高い水は、コクがありクセのある味となります。

 

ダシ文化が日本に発展したのは、

日本の水が軟水だったからともいわれています。

 

昆布のダシをとるには軟水のほうがダシ成分がしみだしやすく、

繊細な味を楽しむことができます。

 

一方で、硬水はダシ成分がしみ出しにくいのでダシをとるのには向いていません。

でも、硬水は、肉の臭みとカルシウムなどが結合して

灰汁をとるのには適しているので、

獣の肉を中心にした欧風の食文化にはあっているそう。

ヨーロッパや北米、中国のほとんどが硬水です。

 

国内でも

軟水の京都や神戸など、昆布のダシが中心の関西圏、

やや軟水の東京など、鰹節のダシが中心の関東圏、

と大きく2つに分かれるそうです。

 

 

広い関東平野を流れる利根川や荒川水系の川は、

少しゆっくり流れるためミネラルが溶け込みやすいため、

軟水ではなく 軟水の水です。

このやや軟水の水になると、

昆布からのダシをとりずらくなり

鰹節からとるのにはちょうどよかったということなのですね。

 

水の種類は食文化を大きく左右しているのかもしれません。

 

外国に比べて急こう配な日本の川 出展 国土交通省

 

豊富な水と火山が生んだ 日本の稲作文化

 

日本の陸地は世界の0.025%しかありませんが、

世界の活火山の7%が日本に集中しています。

 

過去に何度もの噴火で降った火山灰によって、

日本の土壌には

火山灰を母材にする土壌、

火山灰土壌が多くみられます。

 

その火山灰土壌には「アロフェン」と呼ばれる不思議な粘土があるそう。

これは、ケイ素とアルミニウムの酸化物で、

粒子が細かくバラバラになった細切れ状で、

中は空洞になっていて、

表面積が広いので様々なものと反応しやすく、

腐食(※)と結びつくと黒い土をつくります。

それが日本に多く見られる黒ぼく土の正体ということなのですね。

 

(※)腐食は、植物や動物の遺体が分解されさらに変質したもの。

(黒ぼく土の原因には、縄文時代からあった焼き畑農業による炭も。)

 

 

日本の黒ボク土は、保水性、透水性、通気性に優れ、

栄養分を保持してそれを植物に提供することができますが、

リン酸が溶け出しにくいため、

植物がリン酸をもらえなくなるという弱点もあります。

またPHが酸性に偏っているため、

作物の育つ環境として最適ではないという弱点もあります。

(多くの作物に向いているのは中性の土)。

 

この2つの弱点を克服できるのが、

水田稲作なのだそう。

水の中では、拘束されていたリン酸イオンが解放され、

粘土にくっついていた酸性物質が中和され、

土のPHは中性になるので、作物に適した土壌になります。

 

日本にはたくさんの雨が降るので

豊富な水資源があり

水田稲作にはぴったりの条件ですが

 

さらにその水に育まれた森も田んぼを育みます。

杉の針葉や小枝には、カルシウムなどのミネラルが含まれ

渓流水に溶け込んでいます。

そのため山から渓流水を直接引いている山間の水田では、

渓流水に栽培に必要な分量のカリウムなどが含まれているそう。

 

さらに好都合なことに

農薬をまいていない田んぼなどでは

田んぼの水にラン藻が繁茂します。

そのラン藻は、植物を育てる窒素を固定してくれます。

窒素は化学肥料の原料・・・。

稲が育つ肥料を自力でまかなえるということになります。

 

さらに、火山灰土壌にはケイ素が多く含まれ、

そのケイ素は稲を病気に強くしてくれるそう。

水田では連作障害もありません!

 

このように日本で稲作が営み続けられたのは

水資源が豊富だからというだけでなく

さらに、さらに、さらに・・・と

様々な自然のつながりが、あったからなのですね。

 

 

日本人が数千年間も食べ続けてきたお米は、

まさに日本の自然環境が生み出した産物でもあったのです。

そのお米は、米粉などの食品の加工文化に発展し、

健康にもよいということで世界中の人たちにも喜ばれるようになりました。

 

様々な大自然の奇跡が重なって生まれた和食の文化。

何世代にもわたり伝えられてきた努力と技能。

その価値を再認識し、自然の大切さを味わい感謝し、

その心を未来に伝えていきたいですね。

 

 

参考資料

・「土 地球最後のナゾ~100億人を養う土壌を求めて」 (光文社新書) 藤井一至著

・「和食はなぜ美味しい」巽好幸著 岩波書店

・「森は海の恋人」畠山重篤著

・「自然保護2022年1・2月号」日本自然保護協会発行

・NHKスペシャル 日本列島 奇跡の大自然 第1集「森」、第2集「海」

 

・JICE 一般財団法人 国土技術研究センター

https://www.jice.or.jp/knowledge/japan/commentary07

 

・国立研究開発法人 海洋研究開発機構

http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20100803/

 

・農林水産省

https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2008/spe1_01.html

 

・九州森林管理局

https://www.rinya.maff.go.jp/kyusyu/keikakuhozenbu/biodiversity/tayounariyuu.html

 

・東京都水道局

https://www.waterworks.metro.tokyo.lg.jp/kouhou/kids/mamechishiki/koudo.html

 

執筆者プロフィール
NPO法人国内産米粉促進ネットワーク常任理事
NPO法人農都会議理事
トル―・エコライフ株式会社代表取締役
健康・環境ライター、ヨガインストラクター、食剤師

環境や健康ジャンルの雑誌記事などを20年以上担当。
小麦粉製品を長年食べ続けて体調を崩した経験から
米食中心の食事スタイルを心掛けている。

フリーライター
中村いづみ